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【おすすめ本:書評】 日本史の謎は「地形」で解ける

著者:竹村 公太郎
出版社:PHP文庫(2013/10/3)
価格:817円

POINT:
京都が日本の都となったのはなぜか。頼朝が狭く小さな鎌倉に幕府を開いたのはなぜかなど。日本全国の「地形」を熟知する著者が、歴史の専門家にはない独自の視点で日本史の様々な謎を解き明かす。歴史に対する固定観念がひっくり返る知的興奮と、ミステリーの謎解きのような快感を同時に味わえる1冊。

最初にこの本を目にしたのは、書店の本棚でした。
歴史の専門家にはない独自の視点というのが気になって購入しました。
歴史の常識を覆すようなことを、データで裏づけしながらやってくれる。
だから面白いし納得できる。 (養老孟司氏)ほとんど人が作り上げた日本の国土。
だったら日本史の謎も国土を読めば解けるだろ! (荒俣宏氏)

松村氏の歴史の見方は独特で、普通の人では見過ごしてしまう土地に関わる事象から疑問に思ったことを、当時の浮世絵や古地図などの資料を基に、アッと思わせるような面白い推論をしてくれます。

私は建設省に入省してから約20年間、ダムや河川事業の現場で技術者として地形や気象と格闘してきました。実は、そのような現場で大切なのが、土地の故事来歴です。
昔の河川の流れはどうだったか、街道はどこにあったかなどを知っていると、治水工事などを適切に行なうのに大いに役立つのです。

 大阪城が築かれた場所は、南から細長く伸びる『上町台地』という高台の最北端なのです。
当時、大和川や淀川の流れも今とは全く違って、大阪城の東から北にかけてすぐ近くを流れていました。周囲は湿地帯で、まさに難攻不落の土地だったのです。
逆に、信長があそこまで本願寺との戦いにこだわったのは、この一大戦略拠点をどうしても手に入れたかったからなのだろうことがよく見えてきました。

当時の地形がどうなっていたか。河川や森林、あるいは街道はどうなっていたか。そうした歴史の『舞台』が見えてくれば、その舞台の上で生きた『役者』、つまり歴史上の人物の気持ちや考えも、自ずとわかってきます。

私も2年ほど奈良に勤務して、県内のほとんどの寺社仏閣を回ったので、奈良の章には特に思い入れがあります。しかし、当時は寺社仏閣のみにしか興味がなかったので、今回、この本を読んでなるほどなと視点の大切さを再認識しました。

奈良時代でも1人当たり最低10本の立木は必要であったと推定すると、奈良盆地で年間100万から150万本の立木が必要となる。
いくら日本の木々の生育が良いといっても限度がある。
毎年毎年100万本以上の立木を伐採していたのではたまらない。その量は小さな大和川流域の森林再生能力をはるかに超えていた。

 森林伐採がその再生能力を超えれば、山は荒廃する。荒廃した山に囲まれた盆地は、極めて厄介で危険である。
荒廃した山では保水能力が失われ、沢水や湧水が枯渇し、清潔な飲み水が消失していく。 また、雨のたびに山の土砂が流出し、盆地中央の湿地湖は土砂で埋まり奈良盆地の水はけは悪化していく。
水はけが悪くなれば、生活汚水は盆地内でよどみ不衛生な環境となり、さまざまな疫病が蔓延していく。また、水はけが悪ければ雨のたびに水が溢れ、住居や田畑が浸水してしまう。

 桓武天皇がこの奈良盆地を脱出し、大和川より何倍も大きく「水」と「森」が豊かな淀川流域の京都に遷都したのは当然であった。

建設省職員であった竹村氏の地形、気象、インフラに関する深い知見と経験に基づいた視点はとても勉強になりました。
同じ地域を歩いたとしても、幅広い知識と問題意識を持たなければ気づかない事ばかりです。改めて、興味を持つことの重要性を考えさせられました。
歴史は過ぎ去ったものであり、過去の真実を知ることはできません。歴史家の立場から竹村氏の推論を支持するのは無理なのでしょうが、私は史料や文献などから得られる客観的事実から逸脱しなければ、さまざまな視点からの解釈があっていいと思います。

独自の知識と経験に基づいた竹村氏の解釈は、私にとって「歴史は面白い」ということを体感させてくれました。お勧めしたい一冊です。


参考

目次
関ヶ原勝利後、なぜ家康はすぐ江戸に戻ったか―巨大な敵とのもう一つの戦い
なぜ信長は比叡山延暦寺を焼き討ちしたか―地形が示すその本当の理由
なぜ頼朝は鎌倉に幕府を開いたか―日本史上最も狭く小さな首都
元寇が失敗に終わった本当の理由とは何か―日本の危機を救った「泥」の土地
半蔵門は本当に裏門だったのか―徳川幕府百年の復讐1
赤穂浪士の討ち入りはなぜ成功したか―徳川幕府百年の復讐2
なぜ徳川幕府は吉良家を抹殺したか―徳川幕府百年の復讐3
四十七士はなぜ泉岳寺に埋葬されたか―徳川幕府百年の復讐4
なぜ家康は江戸入り直後に小名木川を造ったか―関東制圧作戦とアウトバーン
江戸100万人の飲み水をなぜ確保できたか―忘れられたダム「溜池」
なぜ吉原遊郭は移転したのか―ある江戸治水物語
実質的な最後の「征夷大将軍」は誰か―最後の“狩猟する人々”
なぜ江戸無血開戦が実現したか―船が形成した日本人の一体感
なぜ京都が都になったか―都市繁栄の絶対条件
日本文明を生んだ奈良は、なぜ衰退したか―交流軸と都市の盛衰
なぜ大阪には緑の空間が少ないか―権力者の町と庶民の町
脆弱な土地・福岡はなぜ巨大都市となったか
「二つの遷都」はなぜ行われたか―首都移転が避けられない時

著者:竹村公太郎(たけむら・こうたろう)
1945年生まれ。横浜市出身。1970年、東北大学工学部土木工学科修士課程修了。同年、建設省入省。以来、主にダム・河川事業を担当し、近畿地方建設局長、河川局長などを歴任。2002年、国土交通省退官。現職(リバーフロント研究所研究参与)のほかに、日本水フォーラム代表理事も務める。著書に、『日本文明の謎を解く』(清流出版)、『土地の文明』(PHP研究所)などがある。

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