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【おすすめ本:書評】 ある明治人の記録 会津人柴五郎の遺書

著者:石光 真人
出版社: 中公新書 (2017/12/20)
価格:770円

POINT:
明治維新に際し、朝敵の汚名を着せられた会津藩は下北半島の辺地に移封され、寒さと飢えの生活を強いられた。明治三十三年の義和団事件で、その沈着な行動により世界の賞讃を得た柴五郎は、会津藩士の子であり、会津落城に自刃した祖母、母、姉妹を偲びながら、維新の裏面史ともいうべき苦難の少年時代の思い出。

最初にこの本を目にしたのは、書店の本棚でした。
尊敬できる軍人として記憶にあったので、「会津人柴五郎の遺書」という副題にひかれて購入しました。
どんな幼少期だったのだろうと、興味があって読み始めたのですが、現代では想像できない壮絶な時代に涙しそうで、姿勢を正して読みました。

筆者は第二部の当初で、「遺書との出会いに」次のように書いています。

柴五郎翁の漢文に初めて接したとき、おそらく誰もが受ける強いショックを、私も同じように受けて呆然とした。呆然としたというより、襟を正したというほうが適切かもしれない。

一藩をあげての流罪にも等しい、歴史上まれにみる過酷な処罰事件が、今日まで一世紀の間、具体的に伝えられず秘められていたこと自体に、私どもは深刻な驚きと不安を感じ、歴史というものに対する疑惑、歴史を左右する闇の力に恐怖を感ずるのである。

副題に「会津人柴五郎の遺書」と書いてありますが、のちに陸軍大将にまで昇進した柴五郎が最晩年に書き残した、少年時代から軍人になるまでの思い出が基本になっています。
彼の少年時代は幕末における会津戦争とその戦後処置の時代であり、会津人の彼にとっては苦難の歴史でしかありませんでした。

本書に登場する柴五郎は会津藩上級武士の五男として生まれます。しかし会津藩は戦争で官軍に敗れたため、祖母や母親、姉妹らは自刃してしまします。生き残った者は下北半島へと追放され、炊いたお粥がすぐに凍るような厳寒の地で犬の肉を食べながら、凍死や餓死と隣り合わせの日々を過ごすのです。
 廃藩置県後、柴五郎は青森での給仕を経て同地の野田大参事の家僕として働いている間に、陸軍幼年生徒隊入隊の機会を得て、藩閥でないにも関わらず陸軍大将、軍事参議官にまで上りつめました。
その生涯を本人が半紙に細字の筆で綴ったものを、石光真人が編著者としてまとめなおしたものです。

柴五郎を国際的に有名にした事件
1900年(明治33年)、北京駐在武官として赴任していた時に起こった義和団事件の際、清国側の攻撃に北京の外国人留民は篭城して身を守ったが、柴五郎は守備隊の総指揮官として、敵軍にくらべてはるかに少数の日本軍を率いて、日本人のみならず各国留民の身柄の安全を図る役目を果たした。その柴五郎指揮下の日本軍の軍規は厳正で、その前後に満州に攻め込んだロシア軍隊の略奪、強殺強姦などを目にしていた居留外国人からみて、日本軍こそ信頼に足るということで、人々が日本租界に移ってきたといわれている。

柴五郎の血を吐くような文語調の文書が続き涙なしでは読めないほどです。

落城後、俘虜となり、下北半島の火山灰地に移封されてのちは、着のみ着のまま、日々の糧にも窮し、伏するに褥(しとね)なく、耕すに鍬(くわ)なく、まことに乞食にも劣る有様にて、草の根を噛み、氷点下二十度の寒風に蓆(むしろ)を張りて生きながらえし辛酸の年月、いつしか歴史の流れに消え失せて、いまは知る人もまれとなれり。

悲運なりし地下の祖母、父母、姉妹の霊前に伏して思慕の情やるかたなく、この一文を献ずるは血を吐く思いなり。

編著者も冒頭の「本書の由来」で、「本書の内容は全文を読み下す以外に、短文で説明できるものではない。」と書いてある通りで、簡単にまとめるのは本書の真意を伝えられないと思います。

全文が文語体のため現代人にはややなじみにくいですが、リズミカルな文章で、音読すれば心に響きます。
是非とも声に出して読んでほしい1冊です。


参考

第一部 柴五郎の遺書
 血涙の辞
 故郷の山河
 悲劇の発端
 憤激の城下
 散華の布陣
 狂炎の海
 絶望の雨夜
 幕政最後の日
 殉難の一族郎党
 俘虜収容所へ
 学僕・下男・馬丁
 地獄への道
 餓死との戦い
 荒野の曙光
 海外か東京か
 新旧混在の東京
 わが生涯最良の日
 国軍草創の時代
 会津雪辱の日
 維新の動揺終る

第二部 柴五郎翁とその時代
 遺書との出会い
 流涕の回顧
 翁の中国観
 会津人の気質
 痛恨の永眠

著者:石光真人
1904年(明治37年)、東京に生まれ、早稲田大学文学部哲学科卒業。

1932年、東京日日新聞社(毎日新聞社の前身)に入社。その後、日本新聞会、日本新聞連盟、日本新聞協会勤務を経て、日本ABC協会事務局長、同協会専務理事を務めた。編集にあたった『城下の人』『曠野の花』『望郷の歌』『誰のために』(石光真清著、「石光真清の手記」4部作)は毎日出版文化賞を受賞した。1975年8月逝去

 

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